
石について考えさせられることは多い。書評を担当した南日本新聞の記事を転載します。
ティム・インゴルド 奥野克巳訳 亜紀書房
「現代の人類学を牽引する思想家」と呼ばれるティム・インゴルドによるエッセイ集。
欧州研究会議により研究資金を提供された、物事をいかに知るのかについての異なる考え方を練り上げる「内側から知ること」というプロジェクト。ここで冒険的に出版された書籍をベースに、著者が2013年から18年にかけて収集27篇のエッセイが散りばめられている。人類学関連の本ではあるようだが、現代美術や建築、デザインなど多岐にわたるジャンルを、独特の眼差しで論じている。
冒頭の「招待」という章では「心のこもった手紙」と、「デジタル化で失われてしまったもの」の差異が語られる。ペンを走らせる手紙の表現力は、感情を伝え、書き手本人を知ることができたが、キーボードで紡ぎ出される言葉は「グローバルな情報通信産業の流動通貨」になっていると警鐘を鳴らしている。言うまでもなく、私たちが日頃使っているSNSのことであろう。
また、中盤「ある石の一生」という物語も秀逸だ。ここではシチリア島の南西部沿岸にあるセリヌンテ遺跡のことが語られる。「紀元前六世紀に、ギリシア人の入植者たちによって創られ」たそうだが、ここでは、遺跡に横たわる石の感情が一人称で語られるのである。地殻変動で誕生した岩が、やがて神殿となり、戦争や地震を経て観光地化するという途方もない物語。地震によって、神殿は崩壊し、石は大地に寄り添う喜びを得る。石にとっては、建築物として機能していた頃が一番窮屈な時代だったのだ。他にも地中や空、様々な環境から問題提起を投げかけてくる。
「応答」というキーワードは、インゴルドが長年の人類学者としての活動でたどり着いた意思だ。「世界で起きていることにたいして、私たちの知覚を開いて世界に応じていく」こと。「生きるとは、世界と応答しつづける過程そのものである」とあるように、科学や哲学に寄り添う態度ではなく、気づかい、考え続けることが大切だと、繰り返し述べられていたように思う。
原題は「Correspondences」。文通や交信という意味もあるようだが「応答、しつづけよ。」というタイトルは寄藤文平の秀逸な装丁も手伝って、原書の内容をより適切に表している挑戦的な名訳だと感じた。
きょうのできごと:
散歩/吹上中学校/お肉の直売所久多島/グリーンカレーラーメン/アバター ファイア・アンド・アッシュ(天文館シネマパラダイス)/お好み焼き