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date 2011.8.8
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公共交通機関を使って職場まで行く

公共交通機関を使って職場まで行く

最近、いろんなところで「車社会の終焉」についての発言を繰り返しているので、公共交通機関のみでタラデザイン専門学校(週イチで授業を受け持っている)に出かける事にした。最寄りのバス停までは徒歩3分。授業は11時20分からだが、8時56分の伊集院駅行きのバスに乗車。これに乗ると、9時27分に伊集院駅に到着し、鹿児島中央駅行きの9時31分発の電車に乗れる。中央駅着は9時51分、そこから専門学校までは徒歩で10分程度。一時間以上も前に到着してしまうが、これ以外の選択肢はない。約1時間半の道程。自家用車ならDoor To Doorで1時間弱で済む。鹿児島に来てからは自家用車に乗る機会が増え、その分歩かなくなり、また読書量も大幅に減った。電車の中では雑誌や文庫本を読むのが普通だったから。鹿児島で足腰の弱いお年寄りを見かける機会が多いのは車社会だからだろう。公共交通機関を使う事によって失われる時間は「読書の時間」と「ウォーキング」に充てられると思えば有意義だ。エコでもあるし。あとは、運賃410円(バス)と360円(電車)をどう捉えるかであろう。ガソリン代だけ考えれば自家用車の方が安い。しかし自動車にかかる税金や保険、車両代などを考えればむしろ鉄道の方が安くつく筈である。
問題は・・・このバス停の時刻表だ(写真2枚目)。ストリートアートなのだろうか!まったく機能していない。首都圏では許されない事態だが、それだけ利用者が少ないのであろう。これは、イマ風に鉄道への連絡も含めきちんと表記する事で利用者増に繋がると思う。黙って自分で作って貼り付けようかな!

Comments: 9 comments

  1. masanori

    お久しぶりです。私も鹿児島市内から吹上町まで公共交通機関を使って、約1時間強の通勤をしていますので、その間は読書やタブレットで遊んだりで、あっという間に過ぎてしまいます。窓から見る季節の変わり目や乗車率の低い区間なので時には自分一人の貸切であったりと、リッチな時間を楽しんでいます。でもこのバス停はスゴイですね。時刻表というより地獄表になってしまってますね。
  2. ohtematic

    masanoriさん→
    ご無沙汰しております。暑中お見舞い有り難うございました!伊作はバス通勤が出来る場所ですね。空港バスも出ているし・・・羨ましい地域です。それにしても地獄表とは!笑ってしまいますが、確かにそうですね。ホラー映画の最初のシーンに使えそうです。どこ行きか解らないバス、仮に観光で訪れた人はどう感じるのでしょうか。
  3. 利用者が少ないのではなく、、
    永吉の、インターネット普及が進んで!
    利用者は、バスの時刻表なんかは
    ちゃちゃ!っと、インターネットで調べてから
    バスに乗っているのです。

    なんちゃって。
  4. Dr,Moonloght

    「黙って自分で作って貼り付けようかな!」賛成!
  5. ohtematic

    AIkoさん→
    なんちゃって〜!が本当になると良いですね。みんなスマートフォンを片手に。前日にリクエストを受け付けて、最短ルートで鹿児島まで行ってくれるとか?タクシーとバスの中間的なサービスも現実的には可能だと思うんですよ。ほとんど乗らない路線にも税金が投入されて存続しているケースも多いので、ホント、何とかして欲しいですね。
    ドクター・ムーンライト氏→
    了解です。今度、貼り付けてきます。このような件に限らず、全国民が「思ったら即行動!」すれば日本は変わりますよね!
  6. Dr,Moonloght

    マティック氏のお宅にお邪魔したときに沢山の鹿児島の素晴らしいところを見せていただきました。
    印象深い事の一つに、外を歩いていて下校中の小学生の列と出くわした時に、列の小学生全員に大きな声で「こんにちはーっ!」と挨拶してもらい、不意を突かれあわてて「こんにちは!」と返事をしたことを良く思い出します。そしてそれは素晴らしいと感じたので、埼玉、東京、千葉、神奈川に住む友人知人に話したのですが、幼稚園や小学生の子供が居る親達からはおおむねこんな返事が来ました。「こっちでは誘拐や変質者などの危険が有るから、学校も親も知らない人に挨拶してもいけないし、声をかけられても返事をしてはいけないと教えている。」とのことでした。それを聞いて暗澹たる気持ちになりました、そんな社会間違ってないか?と。そのくせ企業では「挨拶のできる人、コミュニケーションがとれる人、社会性のある人を希望。」とか言ってて滑稽です。
    その件一つとってもどちらに希望や未来が有るかは明らかですよね。
    バスの時刻表を自分で作って貼るという発想に、挨拶して来てくれた小学生のような清々しさを感じたんです。まぁジジイの憧憬ですかね。
  7. ohtematic

    Dr.Moonlightさん→
    うちの近所では挨拶はあたり前にしています。鹿児島市に出ると、途端にそういう文化がなくなります。知らない人に挨拶をしてはいけない、というのは都会の人の考え方というより、都会に出てきた田舎の人の考えなのかも知れません。江戸っ子やニューヨーカーは挨拶しますよね。結局のところ、挨拶を交わす事が地域を守るひとつの手段なんですよね。変質者や泥棒は、そういう地域には入りづらいんですよ。挨拶を交わす事で、近所の方たちの健康状態も何となく把握出来ます。生物言語なので、普段逆の考えを持っている人でも、体験すればすぐに納得する筈ですよ。挨拶を交わす地域と全く知らない人が隣に住んでいる状況と比較した時、どちらがインテリジェンスな社会なんでしょうか。日本人全てが、身の丈にあった、目の届く範囲で小さく暮らすという生活にシフトしていかなければ、原発問題の様な事態は幾らでも起きると思うんです。
  8. 鹿児島市でもうちの周辺では挨拶文化ありますよー。
    文化っていうか教育の成果のような気もしますが、、
    確かに地域によっては昔からの知り合いが多いこともあってか、挨拶は日常の風景ですね。でも、僕の生まれた街では、中央部と郊外では少し風景が異なります。郊外のほうがやはりコミュニケーションの密度が濃い印象です。
    "小さく暮らす"について、、先日実家に立ち寄ったのですが、父親がフツウにi-pad使いこなして天候と潮目を観察し魚釣りに出かける様にちょっとびっくりしましたw肉と乳製品さえ手に入れば完璧に自給自足の生活。米もらえるし。うらやましいw
  9. ohtematic

    ptaさん→
    鹿児島市も地域によって様々なんですね。広いし!
    地縁、血縁という面倒なものを後回しに出来ない時代に突入したことを実感しています。今、田舎暮らしを始めて本当に良かったと思います。
    それにしてもptaさんのお父様、スゴイですね〜!
    やはり、最新のデジタル技術+自然との対話〜これは僕の創作テーマでもある訳ですが、それを実践していらっしゃいます。しかも限りなく自給自足に近い生活!未来人ですよ。